良さ日記

スパークリング麦ジュースをこよなく愛し、ホップとポップを嗜む男の「良い物」紹介日記。

BUMPの軽めのファン歴13年の28歳男が初めてライブに参加した話。【前編】

BUMP OF CHICKENというバンドを知っているだろうか。なんて書き出しを使ったら、「何をバカなことを」と言われそうなバンドである。

 

多分、僕と歳が近いオタクの読者の皆さんは、多かれ少なかれ音楽の趣味でBUMPを通った人が多いのではないかと思う。

 

僕もそういう層の一人である。

 

好きなアーティストは、ライブに行きたくなるものだ。しかし今までそういう機会はなかった。

 

理由はおそらくふたつ。ひとつは「一般的なアーティストはファンクラブに入るか、アルバム発売から一週間程度の先行応募期間に応募し、チケットを勝ち取らなくてはならない」ということ。なんのファンクラブにも入ったことがなく、発売日当日にアルバムをきちんと買っていたかと言われると怪しい人間である。行ったことがないのも仕方ない。

 

もうひとつは「今まで周囲にBUMP好きと認識されてこなかった」ことだろう。ライブを当てて誘う相手は、仲が良くてそのアーティストが好きなやつが一番良い。そういう人間だと、今までたまたま思われてこなかったということだ。

 

そんなわけで、aurora arcのアルバム先行を幸運にも引き当て、更に幸運なことにAブロック7列という二度とないであろう神席を引き当てた、初めてライブを見る男のありふれたレポートである。

 

セトリはこちらを参考にしてほしい。私も大いに参考にして記事を書かせていただく。

www.yawarakai.com

 

1曲目のaurora arcは、アルバムタイトルと同じでありながら歌のない、Mr.Childrenの「It's a wonderful world」でいえば「overture」にあたるという、ちょっと変わった曲である。序曲とでも呼ばせていただこうか。アルバムタイトルにこういう曲を当てているのは僕は少なくともあまり見たことがない。

 

序曲があるタイプのアルバムツアーは、1曲目はそれで始まるだろうと言う予測がつくので、心の準備はしやすい。あとは1曲目がフェードインなりで静かに始まるタイプの曲のときもだ。ユニゾンのツアー「CIDER ROAD」は多分全部「to the CIDER ROAD」で始まっただろう。ミスチルの「I♡U」ツアー東京ドームは「LOVEはじめました」で始まって度肝を抜かれたけどな!

 

まあそんなわけで、落ち着いた気持ちで始められるかと思いきや、全然そんなことはない。

 

いわゆる神席を引いたことがある人は分かるだろうが、例えばアイマス系のライブで演者がよく見えると「かわいい」とか「かっこいい」とか、そんな感情が湧いてくる。

好きなコンテンツなのだから極めて自然であろうが、この感情を10年以上持ち越し、熟成させるとどうなるか。

 

「実在したんだ……」になるのである。

 

このときでもまだBUMPというバンドの実在感は薄いままである。「こんないい席をもらっておいてなんだてめえは」とか言われそうだが、これが10年間、生に触れてこなかった反動なのである。

 

続く曲「Aurora」はアルバムリード的な立ち位置の、ダンサブルなナンバーだ。高校生の時に聴いていたのを旧BUMP、RAY以降を新BUMPとするなら、新BUMPを象徴するような曲調である。歌詞に確かな藤原基央を感じつつも、まだどこか信じられない、こんないい席でBUMP OF CHICKENを観ていいのか?という気持ちのまま、隣の友人が大サビ前のクラップを準備する。

 

パパンと気持ちよく手を叩いた次の瞬間、途端に吹き出す銀のテープ。驚いて見上げる僕。この瞬間、魔法のような気持ちになったのだ。

 

そして虹を待つ人。rayと並んでRAYをリードするシングルである。この曲は「そのドアに鍵はない」というフレーズをはじめ、藤原氏が一貫して語ってきた「勝手に閉じこもって出ようとしないだけで、出ようと勇気を出せば外に出られる」というモチーフが使われる。こんな歌詞をこんなに刺してくるのは藤原基央しかいない。だんだんと、目の前にいるのがBUMPかもしれない、という気持ちになってきた。

 

そして続くナンバーこそが天体観測である。今更好きだとか嫌いだとか、そんなことを言うのも野暮ったいような曲だ。この曲が始まった瞬間、僕の目の前にいたバンドは確かに「BUMP OF CHICKEN」になった。10年余りの点が線で繋がった瞬間である。初めてでも全てソラで言えるアドリブを歌いながら、僕はそれを噛み締めていた。

 

次に演奏されたシリウスで、ようやくこれがaurora arcのツアーであったことを思い出した。これもお得意の、「ファンタジーなアイテムをほとんど出していないのにファンタジックなストーリーに聴こえる、でも確かに俺のことを歌っている」曲である。BUMPが好きなのは、つまるところ、「お前は生きているだけでカッコいい主人公だ」と人生を全肯定してくれるからなのだろうと思う。ライトノベルに感情移入出来れば、同じ効用が或いはあったのかもしれないが。

 

突然聞き覚えのあるコード進行が聴こえ、続いて聴き間違うはずのないギターのリフが流れる。車輪の唄である。何を隠そう、この曲は僕にとって「音楽だけで泣くことが出来る」という原体験の曲である。何度も聴いたストーリーなのに、噛み締めながら聴く。涙が溢れてくる。そんな中でも「サビのサステインマシマシのギターはやっぱライブじゃ出ないんだな」なんてことを考えていた。それがなくとも2番からは気にならないまま涙していたけど。

 

Butterflyも新BUMPどっぷりの曲だ。しかもEDMチックなビルドぽいシンセまで入っている。こう考えてみると、ライブのために踊れて、しかもシンガロング出来る曲を狙って作ってくれているのではないかという気持ちになる。BUMPは求められればどこでもソラで歌えるような、寄り添うようなメロディーの曲ばかりだが、最近は特にそういう傾向が顕著なのかもしれない。

 

記念撮影はフルで流れるONE PIECEの学園ifのPVがバックで大きく流れ、見入る。ワンピースは正直なところ逆張りで読んでこなかったオタク(でもアニメは空島まで観ていた)なのだが、ここまで来るともはや今でも言語化不能な感情に襲われて画面を見つめていた気がする。ワンピース今からでも読んだほうがいいでしょうか。

 

これも語りかけるような歌い口がBUMPらしい「話がしたいよ」は、「語りかけられているはずなのにいつの間にか自分が語っているかのような気持ちになる」BUMP曲である。身も蓋もなく総括するなら「それって俺のことじゃん」の塊こそがBUMPなのだが、全く巧妙な曲だ。しかしそんな頭を回している余裕など現地にはなく、藤原さんが俺だったり俺が藤原さんだったりするのみだ。そしてラララのシンガロング。歌わせてくれるんだよねBUMPは。それで俺の曲になってしまうわけ。

 

それが終わると唐突に4人がステージを降り、通路のリスナーにファンサをしつつどこかへ移動。いつの間にかもうひとつのステージが出来ていて、どの席も神席になるような配慮がされている。こういう流れはオタクコンテンツだけのものではないんだな、などと妙に感心していると、聴き間違えるわけのない歌い出し。「真っ赤な空を見ただろうか」だ。

 

「真っ赤な空を見ただろうか」を知っているだろうか?「涙のふるさと」のカップリングで収録されていた曲だ。「二人は二人だったから出会えた」という、人類補完計画を真っ向から否定する曲である。これが「カップリングはシングルのおまけ」というそれまでの認識をぶっ壊した初めての曲だったはずだ。それまでは「昔のシングルのカップリングまで追う必要はない」と思っていたのだが、それが大きな間違いだと気付かされた。そんな曲である。そんな曲だけれども13年前の大好きなB面曲が聴けると誰が思うだろうか?俺は涙した。

 

続くリボンも島での演奏。カルマを彷彿とさせるガラス玉が登場しつつも、これはBUMPというバンドの曲だろうと確信させるちょっと変わった曲だ。俺の話ではないかもしれないけど、藤原さんが情感を込めれば世界がそこにある。島の4人が映るたび、嬉しくなる曲である。

 

ごめん、まだセトリ半分ぐらいなんだけど長くなりそうだから二つに分けます。続きはまた次回!明日のリステの前に一度前に体験したライブを言語化しておきたかったんだよね。